風の無い金曜の朝は昔を思い出す地平線と虹を目指した渡り鳥

「おむすび」のことを好きな人もいるだろうし、嫌いという人もいるだろう。どうでもいいと思っている人も。あなたが感じる「事実」はどうなんだろう?

一生懸命叫ぶ父さんと横殴りの雪

自分自身、アレルギーで、コスメは全く使ってはいけないし、スキンケアも使用できない物が多い。
そのことから、果実や飲み薬の力に任せているが、近頃口にしているのがゼラチンだ。
ドリンクに入れて、毎日愛飲しているけれど、多少は肌がハリが出てきた。
なんと、飲み始めてから効果が出るまで、即効性があったので、びっくりした。

勢いで踊る妹と穴のあいた靴下
一眼レフも、本当に大好きだけれど、それ以前に突出していると言うくらい愛しているのがトイカメだ。
3000円出せば取り組みやすいトイカメラが簡単に所有できるし、SDカードがあるならばパソコンでもすぐ再現できる。
臨場感や、その瞬間を撮影するには、一眼がお似合いだと思う。
しかし、その空気感や季節感を撮りたいときには、トイカメラには何にも歯が立たないと熟考する。

泣きながら歌う妹とあられ雲

少年は夜中の三時に目が覚めてしまった。
夏休みもすでに10日程度経った夏だった。
あまりの暑さに目が覚めてしまったのだ。
せんぷうきはぬるい風しか送ってこず、全然涼しいとは思えない。

眠れないし、お腹も空いたので、少年は大好物のカレーを作ろうと思った。
冷蔵庫を開いて食材を確認し、肉と野菜を準備して、料理し始めた。
夜が明けるころには、台所からは、芳ばしいカレーの匂いが漂ってきた。

ひんやりした月曜の夜明けに足を伸ばして
お盆やすみでも家元から別れて生きているとたいして感じることがないが、少なくとも、お供え物くらいはと考え生まれた家へ配送した。
故郷に暮らしていたら、香を手にして先祖の受け入れに出向いて、御盆の終わりにお見送りにおもむくのだが、離れているので、そういうふうに行うこともない。
周辺の人は、線香を握ってお墓に向かっている。
かような場景が目にとびこむ。
日常よりお墓の近くの道路には様々な乗用車が停車していて、お参りの人もとてもたくさん目に触れる。

凍えそうな大安の夕方は熱燗を

南九州に引っ越してみて、墓所に日ごとに、花をあげている主婦が多いということに驚嘆した。
老齢の方は、日々、墓前に草花をあげていないと、近辺の人の目が気にかかるらしい。
日ごとに、菊をやっているから、毎月の花代もとても大変らしい。
いつも、近隣の老年期の女性は霊前に集まって草花をあげながら、話もしていて、霊前の陰気くさい雰囲気はなく、まるで、人がひしめく児童公園のようにはなやかな空気だ。

ノリノリでお喋りする母さんと履きつぶした靴
セミ鳴き声も聞こえなくなった夏の晩。
少年は家の縁側に座って、西瓜をほおばっていた。
かじっては西瓜の種を庭に向かって吐き出していると、ときには種がうまく飛ばずに、自分の服に落ちる時もあった。
横に置いているかとり線香の匂いと、風の吹かない蒸し返す夜、それと西瓜の味。
少年はそんな事を感じながら、この夏これから何をして遊ぼうか、と考えていた。

ぽかぽかした大安の日没は想い出に浸る

ベローチェでもロッテリアでもどこに入ってもコーヒーは飲むことができる。
他にも、部屋でインスタントを入れてもいいし、自動販売機で買う

私が気に入っているのがスターバックスコーヒーだ。
全席禁煙と言うのが、煙草の煙が苦手な私にはポイントが高い。
おかげで、コーヒーの香りを楽しむことができる。
金額も安くはないが、上質の豆が使用されているのでコーヒー好きにはたまらないと思う。
甘いもの好きには入るたびにコーヒーとともに、ついついスイーツなど注文してしまうという落とし穴もある。

陽気に自転車をこぐ母さんとあられ雲
毎年、雨の続く梅雨の時期がなんとなく好きだ。
空気は湿度が上がり外出すると濡れるけど。
理由として、幼いころに、梅雨に見られるあじさいが可憐で、それからアジサイが咲くのを楽しみに待っている。
出島で知り合った、シーボルトとお瀧のあじさいデート秘話をご存じだろうか。
オランダ人の中に紛れ込んで上陸した、医師のシーボルトが、紫陽花を見て「お瀧さんと同じくらい美しい花だ」と言う。
梅雨にひっそりと咲くアジサイを見て何度も、お瀧さん、お瀧さんと口走った。
そのうち訛ってしまいあじさいはオタクサと別の名を呼ばれるようにもなったらしい。

気どりながら口笛を吹く彼と紅葉の山

どういう訳か、情緒不安定な状態に浸ってしまい、少しも集中できなかった。
特定の理由はないけれど、思い立ったように悲しくなったり、すべてが無駄なことに感じられたりした。
けれど、とある仕事が舞い込んだ。
しかも結構大きな野外の式典で結構立派な案件だった。
間違ったらいけないと思い自分を忘れて必死になっているうちに元のポジティブな心持に戻ってきた。
思い返せばあの時は明るい時間帯に日差しを浴びるという事をしなかった。
昼間に活動するのも健康の一つかもしれないと思った。

無我夢中で踊る家族と僕
time is moneyとは、的確な言葉で、ぼーっとしていると、見事にすぐに自由な時間が無くなる。
もっともっと早く仕事も報告書も終わらせることが出来れば、そのほかの仕事に必要な時間を回せば効率がいいのに。
しいて言えば、外に出たり、料理をしたり、雑誌を読んでみたり。
そう思いついて、ここ最近、シャキシャキ終わらせようと頑張っているが、どれだけ達成できるのか。